ゴンテテ日記106

みなさんお元気ですか?

 

昨日あたりから久しぶりにスガシカオのCDを色々聴いていました。

音楽というのは不思議なもので、自身を取り巻く環境が変わってから聴くと印象がガラリと変わったり、歌が突然ストン、と腑に落ちたりするものです。

最近このアーティストの曲に魅力がなくなってきた…と感じる事、よくあると思いますが、それは自分が変わっている影響が最も大きいのではないか…と僕は思っています。

 

 

少し話が逸れましたが、久しぶりに聴いていて色々感じたので、今回はスガシカオのお気に入りの曲のひとつ「光の川」についてお話したいと思います。

 


スガ シカオ(SUGA SHIKAO) / 光の川

 

 週末の渋滞の中車を走らせていると、隣を追い越していった車の助手席に「君」っぽい影を見つけて、追いかけていくけど結局車は光の川の中に消えてしまう…という曲です。

 

スガシカオの曲には、今の瞬間も世界のどこかで起こっていそうな風景、その映像が淡々と語られる中でさり気なくぽつり…と語られるメッセージにはっとさせられるような曲が多くあります。スガシカオのこの手の作り方の曲が大好きなんですね。

聴くとその世界に行ってしまうのです。

 

楽曲は、意図の違いはあれど、作り手から聞き手への何かしらの自己主張だと考えています。

この「光の川」は楽曲の方から意図を流し込まれるのではなく、自分が楽曲の世界に入って、勝手にああそうだな、って思わされるような感覚になりますね。この感覚が心地よいです。

 

似たような曲に「ぬれた靴」があります。

これも是非聴いて欲しい曲のひとつです。

ぬれた靴

ぬれた靴

  • スガ シカオ
  • ポップ
  • ¥250
  • provided courtesy of iTunes

 

話が変わりますが、僕が人生で初めて買ったCDが、中学生の時買ったスガシカオ「19才」のシングルだった気がします。

もうとっくに19才を追い越して遠く離れてしまいましたが、あの頃は19才の自分なんて本当に遠い未来に感じていましたね。

でももう19才の頃何してたか覚えてないです。

 

疲れると無限に懐古趣味になってしまうので、輝かしい未来だけ見て生きていきたいと思います。

ゴンテテ日記105

今日も「ゴンテテ夢日記」をやろうと思います。

 

最初は仕事の夢を見ててうんこだったので割愛です。

終業直前に新しい仕事が来て勘弁しろよ〜と言っていました。

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キャスターとなり、幻のお菓子「おこめふかし」の取材をするという夢でした。

なんとあのアポロチョコレート開発のヒントになったヤバイお菓子という設定でした。既に製造終了になっていたらしいです。

 

僕は製造元と思われる、古い民家を所を訪ねました。出てきたのはどこにでもいそうなヨボヨボのおじいちゃんです。

おじいちゃんはこれがおこめふかしです!と棚からおもむろに何かを取り出しました。

形としてはまんまうまい棒です。

和菓子にありがちな和紙風の袋で、それがさらに透明なビニール袋に2本入りになっています。

 

早速開けてみました。

見た目は穴の空いてないうまい棒ですが、見た目からあまりサクサク感は感じられず、ぎっしり詰まった感じがあります。

食べてみると、味としてはほんのりとした素朴な甘さです。すあまのような上品な甘さが広がります。

食感はサクっともモチッともしたような謎の食感でした。落雁が近いと思います。

 

その時突然、おじいちゃんが歌い出し、もう一本のおこめふかしを割り出しました。(トルコ行進曲の冒頭)

 

なんと僕が食べていた部分はプレーンで、下に行くにつれ徐々にあんこが練り込まれ、大福餅のような風味となる構造になっていたのです。

アポロもイチゴ味のチョコレートと普通のチョコレートが重なった構造をしています。このへんが前述のアポロ要素だと思いますがよくわかりません。

夢の中では死ぬほど驚いてすげーすげー言ってた記憶がありますが、起きて考えてみるとなんの意味があるのかさっぱりわかりません。

 

でも夢の中で食べるものって異常に美味しいですよね。実際このお菓子はおいしかったです。

 

話がそれますが、みなさんは黄泉戸喫(よもつへぐい)という言葉を知っていますか?

日本神話の概念で、黄泉の国で煮炊きした食べ物を食べることです。

あの世の食べ物を食べると現世に戻れなくなるという言い伝えがあります。

 

夢とあの世は全く関係ないと思いますが、不思議な食べ物を食べる夢を見ると翌朝あまり気分が良くないです。

 

ゴンテテ日記104

みなさん、お元気ですか?

今まで散々うんこのことについて語り、考察し、敬意を抱いてきたつもりでした。 

しかし、今日ふと思いました。

「僕はいつからうんこの姿を見ていないんだろう?」と。

 

考えてみれば、うんこに敬意を示しているような素振りをしながら、僕は後ろ手に「大」のレバーをひねり、立ち去るだけです。

それがいつからなのか、思い出すことすらできません。

僕はうんこを裏切っていたのです。

 

でもうんこは僕を裏切っていません。僕が後ろ手に「大」レバーをひねっているだけの存在だとしても、目に見えずとも、僕の健康状態を嘘偽りなく示してくれています。

 

今日も、帰宅した時は心身ともに疲れ切っていました。

自分を信じてくれる、認めてくれる存在なんて存在するのだろうか…

ここ数ヶ月、そんな漠然とした不安に常にとらわれていました。

 

しかしうんこがいたのです。僕は裏切り続けていたのに、正直に向き合ってくれていたのです。

 

これからは僕もうんこに向き合って生きていきたいと思います。

ゴンテテ日記103

テイルズウィーバーというMMORPGを狂ったようにプレーしていた話を何回か前の日記でしたと思いますが、ふと懐かしくなり、DLして数年ぶりにログインしてみました。

今回の記事は、TWをプレーしてた人、とりわけ自キャラがイスピンだった人にしか懐かしさや、僕の切なさや、戻らない時間を思う虚しさが伝わらないと思います。あらかじめご了承いただければと思います。

 

今のタイトル画面です。

 

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僕がやってた頃はちょうどクロエが実装されたあたりだった気がするので、クロエのタイトル画面だったような気がします。

やはりイスピンがかわいいですね。

 

はじめに降り立ったのはかつて最も栄えていた地、港町ナルビクです。

このワープポイントの周辺はいつも人でごったがえしていました。

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当時のスクリーンショットを発掘したのですが、常にこんなかんじだったような気がします。時の流れというのは悲しいもので、今やナルビクを訪れる者はいません。

 

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とりあえず狩りに出かけてみることにしました。

やはり僕のイスピンはかわいいと思います。

なんか久しぶりにログインしたら期間限定のつよい装備がもらえたので嬉しかったです。

お金がないので155細剣で200レベル間近まで来ていたのですが、メギフラムエペを手にできてテンションが上がっています。

それにしても装備が10年前なので悲しくなってきます。当時はクリスタルリングや騎士の盾のインクリ強化に躍起になっていましたが、今のテンプレ装備ってどんな感じなんでしょうか。

 

背中の巨大蝙蝠は当時のクラブマスターが引退する際に譲り受けた品です。初心者の僕を突然チャットでクラブに引きずりこんで以来、僕が引退するまで毎日非常に楽しい思いをさせて頂きました。今どこでなにをしてるかさっぱりわかりませんが、一言お礼を言いたい方です。

 

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今日ひさしぶりにやってみて気づいたのですが、こんなゲームを長く続けていられたのもカウンタースピアの気持ちよさが8割くらいあると思います。気持ちよすぎます。

あと糞弱かった疾風突がめちゃくちゃ強くなっててびびりました。なんかカウンタースピアも敵が燃えるし色々強化されててテンション上がりました。

そんなこんなで狩りは10分くらいで飽きてしまったので、最後に思い出の場所に行ってみることにしました。

 

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「風の森」某所のこの場所です。

アクセスはやや悪いですが景観がよく人もいないため、集会などに使われていました。

夜はTW屈指の名曲である「Reminiscence」が流れます。



ふとフレンド一覧を見てみました。もちろん誰も残っていません。

ここで座ってたら色んなことを思い出して切なくなってきたのでログアウトしました。

貴重な青春時代をマウスカチカチするだけのMMORPGに費やしていたのは今となってはどうかと思うのですが、一期一会だったとしてもたしかに出会いや思い出がそこにありました。あの時間は全くの無駄ではなかったと感じています。

ゴンテテ日記102

眠いですが、寝たら明日が来てしまうので、現実逃避におえかきメイキングをやろうと思います。

ぼくも色々な方のメイキングを見て思うのですが、メイキング見ても色々段階が飛躍しすぎてさっぱりわからないことが多いですよね。

もっと間に何か無いのかよってずっと思ってたんですけど実際絵を描いていくと本当に無いんですよね。今回はこの手順でこんなツールを使ってるとか、そういう感じの僕的なやり方を紹介できればと思います。

使っているソフトはCLIP STUDIO PAINTのみです。

 

まずこんな感じかな~っていうラフをザカザカと描きます。

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太めの「濃い鉛筆」ブラシで、頭の中のシルエットを具現化していく感じで描いていきます。描いては消しゴムで削り、彫刻のようにラフを形作っていきます。

途中途中で後ろにグレーとか置きながらイメージを確実なものにしていきます。

個人的に「濃い鉛筆」ブラシは非常に万能なブラシだと思っています。原稿じゃなければだいたい全行程を「濃い鉛筆」ツールで描画しています。

 

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次に、人物の線画を起こしていきます。これも「濃い鉛筆」ブラシで全部描いてます。

なぜかというと非常に強弱が付けやすい上に、やや透明度のあるボンヤリとした線が描けるので色とも馴染みやすい感じがするからなんですよね。

 

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グレースケールで大まかに着色した後、上からオーバーレイで肌を塗っていきます。

それぞれ着色すると非常に面倒なので、最近はずっとグレーの上からオーバーレイで重ねる形で着色しています。

非常に楽なのですが、一歩間違えると肌が土色になったり暗い印象になってしまうのが難しいところです。もうなってる!(開幕クソガキ)

 

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乗算レイヤーを上に重ねて影を塗っていきます。

同時に、肌にやや赤系の色を重ねて血色を良くしていきます。

塗りの主役ブラシはredjuice氏制作の「水彩S2」というブラシを使わせていただいています。

https://assets.clip-studio.com/ja-jp/detail?id=1484849

細かい所は濃い鉛筆とぼかしを駆使して塗ってます。マジで濃い鉛筆しか使ってねえ

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「スクリーン」レイヤーをさらに上に重ね、クリスタ素材のあじさいを適当に配置します。

クリスタ素材は神です。素材を作ってくれてる人に足を向けて寝ることができません。

 

少し話が逸れますが、今からクリスタを買おう!と思ってる人は一括購入ではなく月額でのライセンス購入を心からおすすめします。

支払額が一括購入の定価に達する(1年くらい)と無期限ライセンスに切り替わるうえ、それまでの間はGOLD会員になることができます。GOLD会員だと毎月素材DLに使えるCLIPPYという通貨がもらえるため非常に便利です。

素材は非常に便利なのでたくさん使えることにこしたことはないと思います。

 

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なんか黒い枠で囲ったらかっこいいなあ、とか素材で雨を降らせたりしながら色々やってほくそ笑んでいきます。こういう段階で遊びのつもりでやった事がいい感じになったりする事があるので、遊び心は大切だと思います。

 

 

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背景の工場を描きます。なんか多少ガタガタでもwebサイズだとそれっぽく見えると思います。

りんせんの唯一の母との思い出である廃工場と紫陽花の景色を思い浮かべながら、りんせんになります。

りんせんの心になりきることがこの絵では重要だと思いました。

りんせんはこの思い出をこうイメージしてるだろうと思いつつ、紫陽花は鮮やかに、背景は色あせた感じにバランスを取っていきます。

ついでに素材の空をペタッと貼ります。

ここからは色調整です。

 

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グラデーションマップのレイヤーを重ねて、色のバランスをとりつつやや色あせた感じを作っていきます。

だいたい「朝焼け」のグラデーションマップを重ねるとそれっぽくなるので不思議です。

 

元気が無いので今度はもう少し明るい絵が描きたいです。

ゴンテテ日記101

最近悪夢をよく見るので「ゴンテテ夢日記」をやろうと思います。

 

小学校の時の友人と二人でドライブしている所から始まりました。

途中、車一台分ほどの幅しかないほぼ水面ギリギリの高さの橋に突き当たりました。橋の向こうには孤島があり、その島に行こうとしてた気がします。

しかし、車は橋の途中でスリップして海に落ちてしまいました。

泳いで陸へ向かおうとしますが、大きな岩場に阻まれ抜けることができません。

友達は泳ぐのが異常に速く、さらに岩のスキマを抜けていってしまいました。

ぼくは狭くてそのスキマを抜けられず、困り果てていたところ、岩場に小さな扉があったのでとりあえずその中に入りました。

 

中は炭坑のような場所でした。天井の高さは1.5mくらいで常に中腰な感じです。地面にはボルトやナット、何かの留め具などのガラクタが散乱していました。

とりあえず携帯電話で友達と連絡をとりました。友達も同じトンネル内にいるそうなので、探すことにしました。

 

しばらくトンネルを散策していると、岩場からトンネルに入った時と同じ小さな扉がありました。

外に出られるのかと思いそっと開けると、そこはトンネルとはうってかわって小奇麗な研究室のようなところでした。理科室みたいな感じです。

 

そこには白衣を着た男性が数名いました。

しばらく扉の隙間から様子を伺っていましたが、そのうちの一人に気づかれてしまったのです。それと同時に全員が驚いたように僕の方を向きました。

男達は全員全く同じ顔をしていました。

薄ら笑いを浮かべ、棒読みで各々喋りながら近づいてきました。(声も全く同じでした。)マジで怖くなって来た道を慌てて戻りました。

夢の中ってフワフワした感じでうまく走れないですよね。無我夢中で走り、入ってきた扉を開けると、そこは僕がよく行ってる日帰り健康ランドでした。

振り返っても何もありません。日帰り健康ランドにワープしてしまった感じです。

 

ぼくはとりあえず友達に電話しました。

しかし何コールしても友達は電話に出ません。

プルルルル…プルルルル…音が鳴るたびに、意識がはっきりしてきました。

目が覚めるとスマートフォンのアラームが鳴っていました。

 

悪夢の余韻を感じつつ、また仕事かぁ、と朝の寒い家を後にしたのでした。

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お題「好きな街」

 

僕の生まれた町はマジで田舎です。畑ばかりでそれこそ数km先に隣家がある感じです。

人が少なすぎて保育園、小、中とずっと同じクラスメイトでしたし(高校はさすがに街に出てみんなバラバラになりました)、遊ぶとこもないし、一軒のセイコーマート以外何もない町ですが、確かにこの町を愛していました。

(コンビニあるやん、とお思いかもしれませんが、セイコーマートは明らかに熊しか住んでないような山奥でもぽつりと存在している様な特別な存在なのです。そのような店舗の従業員はどのように生活しているのでしょうか。)

 

思えばあの頃が一番楽しかった時期かもしれませんね。

 

話が逸れますが、小学2年生くらいの時に一度東京に旅行に行ったことがあります。都会というものを経験したのはあれが初めてのことでした。

その時驚いたのはあまりの人の多さです。どこにいっても人しかいなくてもみくちゃです。あまりに居心地が悪く、その日の夜は人に酔って体調を崩したのを覚えています。

僕には田舎が合ってるんだ、将来は絶対田舎で暮らそう。この時からそう思っていた気がします。

 

そんなこんなで高校を卒業し、大学進学のため田舎を離れることになりました。

進学に伴い、札幌近郊に一人暮らしを始めました。あのときはとにかく不安でした。幼い頃の東京の記憶、新しい環境への不安、一人暮らしへの不安…

引っ越しも済み両親と別れた後、一人になった部屋の中で寂しさと不安のあまりさめざめと泣いた事を今でも覚えています。

 

初めの一週間位は非常に寂しく不安な毎日でした。しかし、毎日を過ごしているうちに、都会――そして大学では、田舎とは違い色々な場所から色々な人間が集まっているということに気づきました。

高校では部活動以外、クラスでは仲間もおらず完全な陰キャぼっちでしたが、そのような多様性のある環境であれば、自然に価値観の合う仲間も自身の居場所も見つかってくるものです。なので、気の合う友達もできそれなりに楽しく4年間を過ごせました。

 

都会というのは冷たい人間ばかりだと思いこんでいました。でもそれは当たり前のことです。人間は皆特定のコミュニティの中にいて、その中で暮らしているわけです。都会では人が多い分無数の価値観があり、それぞれのコミュニティがあります。それ以外に干渉しないことは人間として当たり前のことでもあります。

都会には多様性があります。僕のような人間にはむしろ暖かい場所でした。

 

しかし田舎には一つのコミュニティしか存在しないのです。団結することはメリットともとれますが、多様性の無さというデメリットともとれます。もしその価値観からあぶれた場合、居場所を無くしてしまうのです。

僕はそれに気づけなかったのです。

 

愛するこの土地に戻ってきてこの土地のために働こう、そう思って就職活動をしておりました。

結果、Uターンして地元では誇れるような職場に就職できました。両親も喜んでくれました。

でも、結果的に僕はその土地の価値観にも仕事にもあまり馴染めませんでした。誰も彼も体育会系で酒、ギャンブル、女です。それ以外存在しません。

人生、大抵のことは時間が解決してくれるというのが僕の考えです。僕だって嫌でもこの場所へと馴染んでいくのでしょう。でも最近、それでいいのかなあ、と疑問を感じています。

ここに馴染むことはすなわち夢を捨て、自分を捨て、培ってきた自分の価値観を捨てることです。

 

親を安心させられるように、地元のために、と人生を歩んできましたが、自分自身がどう生きていきたいかなんて今までこれっぽっちも考えてませんでした。それとも、自分に忠実に生きる事に悪を感じ、考えないようにしていたのかもしれません。

それに気づいたときにはもう遅かった。今方向転換することもできるっちゃあできるでしょう。でもそのトンネルを抜けた先が明るいのか?保証はありませんし可能性は高くないでしょう。

 

もうその日生きる金があって細々と生きていければよくないか?

でも現実問題そんな生き方ができるのも若いうちだけでしょう。

これからどう生きていけばいいのか?

最悪行き詰まったらそこで終わりにすればよくないか?そこまでして全うな地位にしがみついて社会で生きていく意味はあるのか?

 

本当にぼくはこの街が好きなのか?

 

毎日自問自答の日々です。